台北に着いた夜、夜市の鉄板の前で、店の人が休まずに手を動かしていた。
七堵の市場は、夕方になっても屋台が開いていた。店先に、女性が一人立っていた。
花蓮では、蔥油餅の店に列ができていた。店の奥では、エプロンの人が鍋の前に立っていた。
台東の夜、「活白蝦」と書かれた札の下に、電球がひとつともっていた。
台南には二度来て、二度とも度小月の前を通った。十月の夜は、店先にバイクが止まっては走り去っていった。十二月の担仔麺は赤い器に入り、小さな海老がのっていた。
路地の麺の店では、店の人が大きな鍋に向かっていた。夕方の牛肉湯は、薄く切った肉がスープの中でまだ赤かった。
嘉義の鶏肉飯は、裂いた鶏肉が白いご飯の上にのっていた。市場の近くの店では、器の中で甘いシロップが光っていた。
台中の食堂では、鍋から湯気が立ちのぼっていた。十月の夜は、臭豆腐の屋台の明かりが通りまで出ていた。
新竹の米粉は、細い麺に甘いたれがかかっていた。隣の器には、貢丸が浮いていた。城隍廟のまわりの屋台では、大きな鉄板で蚵仔煎が何枚も焼かれ、市場の奥では芋泥球が油の中で揚がっていた。

